楽しい本作り生活

「文響社」という出版社で書籍デザイナーとして働きながら、本や漫画、映画や舞台など多くのものに刺激をもらっています。 ここには自分が日々感じたことを備忘録的に書き残していきたいです。 たとえ明日自分がこの世界にいなかったとしても。少しでも他者を勇気付けたり、楽しませるものを世に送り出しておきたいと願っています。 よろしくお願いします。


僕にはとても魅力的な物語を考える知人がいます。でも、僕以外の誰もそれを知りません。
名前は伏せたいのでここではその知人を「A」と呼びましょう。

Aの考えている物語のプロットを初めて見せてもらったのは、大学生の時でした。話の導入〜中盤の部分までの内容でしたが、その作り込まれた世界の密度や、登場人物たちの感情の鮮烈さ、何よりエンターテイメント的な面白さに僕はすごく感動しました。

「いいじゃん。これは小説にするの? Aは絵も上手いから漫画にもできるね! 完成させてネットに公開したらいいよ。きっとファンがつくよ」と興奮気味に言う僕に対して、Aは「自分の作るものは全部自己満足だからなぁ」と言って首を振りました。

これは子供の頃からの趣味で。物語を想像するのが楽しいから、思いついたものを気ままにまとめているだけ。ちゃんと形にして誰かに見せようとも思っていないし、プロでもないのに批判されたりしたら嫌だ。それに、楽しいうちはずっと考えていたいし、飽きたら終わりにしたい。だから、公開なんてするつもりは全くない。

当時の僕には全くピンときませんでしたが、それがAの創作観でした。

そんなAも「でもAの物語めっちゃ面白いから、聞かせてよ〜」と会うたびに頼んでくる僕に対してだけは、自分の考えたお話をよく披露してくれていました。宇宙が舞台の時もあったし、学校ものも、古代SFもありました。でもどのお話も僕しか知りません。世界中でAの作る物語を知っているのは僕だけなのです。

学生の頃から「こんなに面白い話を考える才能があるのに、もったいない。作品なんて誰かに見てもらわなきゃ意味がないのに、自分の中だけで完結させて何が楽しいんだろう?」と僕は思っていました。でも、自分も大人になるにつれて「Aの言うような創作観もあるのだな」と理解できるようになりました。逆になんでもかんでも作って公開する割に、結局何の成果も得られない僕の方が情けないような気持ちになってきて、次第にAに対して「作品を公開しなよ」と進めることもしなくなりました。


この間、そんなAと久しぶりに創作の話をしました。そして興奮気味に言われました。
「自分がなぜずっと、頭の中で物語を考え続けてきたか、わかった気がする」と。

「なぜだったの?」と僕は尋ねました。

「子供の頃に、学校生活や自分の人生が本当につまらなくて、逃げ出したくて。生きているのが嫌だった。そんな気持ちを紛らわせてくれたのが大好きな作家さんの本や漫画だった。で、それがやがて自分で物語の世界を作るようになってさ。夢中になってずっと考えてた。きっと、その世界の中に逃げ込んでいたんだ」と、Aは話をしてくれました。

「でも歳を重ねて、大人になったらどんどん人生が楽しくなっていった。自分のやりたいことや生きたい形をひとつひとつ叶えていくうちに、自分は間違いなく『幸せ』になって。気がついたら昔みたいに物語の中に逃げ込まなくてもよくなっていた…」

「それに気づいた時に、なんかすごく泣けてきてさ。そのあと、強烈に思ったんだよね。自分は今度は『あの時の自分と同じ』子供達のための物語を作りたいって。自分が救われたのと同じことを、やってあげたいって。生きてれば絶対幸せになれるってことを、信じさせてやれるような物語を作りたい」

Aの言葉を聞きながら、僕の頭の中にはこれまでこのブログに書いてきた様々な読書体験がフラッシュバックしていました。

『物語が救うのは読者であり、そして作者本人なのだ』とは、直近で記事にした桐衣先生の「
僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く」で感じたことでしたが、その作品に限った話ではなくて。児童文学やYA、漫画、そして作者様からの紹介で読ませていただいたライトノベルに至るまで、およそ多くの作品の根底に流れる共通の思いのような気がしています。

他者を救済するために、そして過去の自分の救済のために。それはどちらが先でも、どちらが主でもなく円環構造のように渦巻きながら、何かをこの世に生み出したいという強烈な願いの源にあるのではないかと。僕はこのブログを書く経験を通して考えるようになっていました。

だからこそ、「創作は自己満足」と僕に対して言い続けてきたAが、人生で初めてその思いに至ったことがなんだかすごく感動的に思えてしまって。相槌を打ちながらちょっと泣きそうになっていました。

「これからは、誰かに読んでもらうために、書いてみるよ」

そう宣言してくれたAに、僕は最大限のエールを送り、できる限りの協力をしたいと思っています。
きっと子供時代のAを救ってくれる物語が書けると僕は信じています。






勢いで超内輪の話を書いてしまいましたが、そんな出来事の備忘録でした。


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